CALENDAR
S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
<< November 2019 >>
CATEGORIES
ARCHIVES
Amazon Bargains
MOBILE
qrcode
<< チビ猫+メリーベル<杏 | main | 午後の怪獣 >>
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

|-|-|-|2014/07/26 Sat.|
北杜夫逝去
どくとるマンボウ回想記2011年10月24日、腸閉塞のため逝去。84歳。
近代短歌を代表する斎藤茂吉の次男として東京に生まれた。旧制松本高を経て東北大医学部に進学。卒業後の1954年、初の長編「幽霊」を自費出版した。
60年には、水産庁の調査船に船医として半年間乗った体験をユーモアを交えて描いた「どくとるマンボウ航海記」を発表。「昆虫記」「青春記」などマンボウものを出版して人気を博した。
同年、ナチスと精神病の問題を扱った「夜と霧の隅で」で芥川賞。64年には斎藤家三代の歴史を描いた「楡家の人びと」を刊行、毎日出版文化賞を受けた。「さびしい王様」など、大人も子供も楽しめる童話でも親しまれた。「青年茂吉」など父の生涯を追った評伝で98年、大仏次郎賞を受けた。[読売新聞,2011/10/26/0301]
記憶もいささか曖昧だが、自分のこづかいで最初に買った文庫本は『船乗りクプクプの冒険』だった。そのタイトルは、それまで読んでいた少年少女向けの本とはちがう匂いがする小さな文庫本がぎっしり並んだ書店の棚のなかでも、特に目を惹くものでした。ほかにも、このかっこいい名前の作者によるそそるタイトルの本がたくさんあって、そこから『どくとるマンボウ航海記』『どくとるマンボウ昆虫記』、『怪盗ジバコ』に『あくびノオト』、『楡家の人びと』や『白きたおやかな峰』へと読みすすんだ。なかでも『航海記』は漠としたあこがれをもってくりかえし読み、なにはともあれ海外にいくときはワサビを忘れないようにしようと思ったものです。しばしば指摘されるその卓抜なユーモアもお気に入りで、大河長篇『楡家の人びと』のなかで、米国(ヨナクニと読むんだったかな)と名付けられた叔父が戦時中に難儀するエピソードが好きでした。地方大学への進学を考えたのも、アンチ巨人ファンとなったのも北杜夫の影響があったのだろう。躁鬱病というのもなんだか楽しそうにみえた。SFを読み始めたのは北杜夫を経験する前からだったけれど、北杜夫が日本SF黎明期からのファンであり、また書き手でもあったと知ったときはうれしかった。文学のおもしろさ、表現のおもしろさ、好きなものを好きであるということのおもしろさを十代の私に教えてくれた作家に対して謹んで哀悼の意を表します。大好きでした。どうもありがとう。
|悼む|comments(0)|trackbacks(0)|2011/10/26 Wed.|
スポンサーサイト
|-|-|-|2014/07/26 Sat.|
コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
http://igarashi.jugem.cc/trackback/983
トラックバック